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ブログレる

ねむれないもふもふ

今日はもふもふ。

ところで、
“もふもふ”ってなんだったっけ?

あちこちさかんにブログを行き来しているころ、
“もふもふ”ってコトバ、よくみかけたけども。
たしか、自分でもメールなんかで使っていたし。

今日の訪問ではみつけられなかった。

ぢぐじょー。

グレてやる。

なんちゃって・・・


・・・え?検索すればって?


しないよ~今は、ね。


えとえと、

・・・えと。


ボクの持つ、訪問履歴から、
かつて交流のあったブロガーさんたちのところへ
お邪魔してみた。

5割の方がブログの更新を停止している状態だった・・・
 

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◆└┬┴┐◇┌┴┬┘◆参考データなど◆└┬┴┐◇┌┴┬┘◆

≪更新しているブログと停止しているブログ≫

何の基準もないデータだけれども。
ボクが以前相互訪問でお付き合いしていたブログで、
現在相互訪問を再開している他に、
合計78件の履歴が“おきてがみ”のリストに残っていた。

この履歴から現在の運営状況をしらべてみたところ、

●ブログ更新中 14件
●ブログ時々更新 6件
●おきてがみなしでブログ更新中 18件
●ブログ更新停止 27件
●ブログ消失 13件

合計 78件

という数値がでた。

このリストはある意味ランダムな選出にも相当するので、
なにかの参考になるかな?とおもって調べたものだ。

この結果から、
ある一定の条件をもつ(=ここでは、ボクが関わった)ブログでは、
78件中40件、つまり約半数の人が何らかの理由で、
ブログの更新を停止またはブログ自体を消去しているのがわかった。

おきてがみなしでブログ更新中というのは、
自分のペースでゆっくり更新したい人、
と想像できる感じ~つまり間隔をおいて、
更新している状態であるのが主なところだった。

自己判断結果:『うーむ』『なるほど』『で?』


≪おもしろいおきてがみ≫

ところで“おきてがみ”には、
ボクにとっては面白い機能がけっこうあるんだけれど、
今日はそのひとつ『リストの編集』という機能に触れよう。

以下は『リストの編集』にある、
“グループの追加”という機能の一部です。

okitegami list
▲この事例は、ボクがある時期に活用していたもので、
訪問日数によって細かくグループ分けをしていたもの。

【“グループの追加”という機能】

この機能では、
グループごとに様々なネーミングが可能だ。
グループごとの表示条件を選択できるし、
選びたい表示条件ごとのグループわけもできる。
グループ内外の抜き差しも容易だし、一度設定しても変更は容易。
そのグループの表示順序もドラッグでカンタンに操作できるので、
見た目で、瞬時に反応できる、自分独自のスタイルを構築できる。
単にデフォルトの『グループの表示設定』だけをみても、
かなりユニークで、しかも実用的な発想がデザインされていると思う。

でも。

これまでの“おきてがみ”ユーザーの中には、
このリストに表示される訪問回数の数値に緊張して、
やられてしまう人も少なくなかったのかな、とも想像する。
訪問する楽しみがいつの間にか自身の義務的な活動にすり替わってしまう、など。
WEBの交流はエキスパートやヘビーユーザーとそうでない方で経験値に格差が生ずる。
オンライン活動とは、特に数値的基準もない新しい文化だし未だ自由がある世界。
数字や回数などの数値は人間を支配する悪魔でも神でもなんでもなくて、
数字や回数などの数値は人間が扱う面白い道具と思えれば楽なのだけれども。
なかなかそうはいかないものだよね♪


▲おきてがみのバナー

◆┌┴┬┘♪アゥヽ( ・ω・)_♪└┬┴┐◆┌┴┬┘♪_(・◇・ )っモフ♪└┬┴┐◆


▼本文の続きはここから

・・・他のブログに引っ越している、
という告知があったのは1件だけだったので、
半数のおおかたはブログ活動自体を停止※しているようすだった。
(※意図の見える記事でトップページを固定し、更新せず管理しているケースがある。
その場合、ボクにはブログを活用したオンラインでの運営手法のひとつとみえるので、
ここでいう“ブログの更新停止”とは意味が異なるもの、として判別する。)

何か期待や目的を持って、
ブログをやりはじめたものの、
思いのほか何かとエネルギーを必要とする、このブログという文化。

やりつくした、やりきった、
という方もいるのかもしれないが、
だいたいの印象は、何らかのきっかけで、
ブログの更新を停止し、ブログはそのままの状態なんだろう、
という感じだった。

そうだとしたら、
ボクだってその一人だった時期がある、ということになる。


一人といえば・・・

◇◆◇◆◇◆ひとりごと的わき道です◆◇◆◇◆◇◆

≪一人・内面のこと≫
ブログを書くという行為は、ある時期、内的にものすごい盛り上がりを自身に見せ、自分の思い込みであったとしても自身を勇気付け、その活気を自身に帯びることが可能な分、自分は一人ということに気付いたとき、その反動に耐え切れなくなるような衝動に襲われることがある。そこには注意が必要だ。ボクの手応えでは、言ってみれば、支えてくれている人がいるかどうか、その人の信頼度みたいなことがどうか、とか、価値観の共通要素の大小とか、好かれている、嫌われている、とか、のことなんだけれど、大切なのは自分がどう思われているか、ではない。

自分が何をどう思っているか、が肝心だ。

自分が自身をどう思うか、とか、自分が相手をどう思っているか、ということしか自分には見えないことなので、相手からの視点は良くも悪くも絶対に自身で創り上げる想像の域を超えることはない。その想像が相手から見る現実に限りなく近付くことは時と場合であり得るけども、それをそういうものだと決め付けることも、それを永続させることもなかなか難しい。自分がダメだ、と思うとき、それが落ち込む要因となるような時は、自身が自分を否定している、とみるのが良いようだ。つまり自身による自己の否定を脱することは決して不明ではないハズなので、まず自分が自身を否定していないかどうか、を見分けるような機会がやってきている、と、とらえるのが良いとおもう。仮に相手が直接的に否定してきている、としても、自身の自己の肯定をまずおこない、そのときに肯定する障害となっているものを見分ければ、自己が改修されるきっかけが現れ、そこから、自己否定の元を見つけることで、見事に自己改善がなされるし、そこに気付けば自然と修復が完了していたりする。

自身がなにやら気付かないというのがどうやらクセモノのようだ。

つまり気付きを自身に与えることも肝要、ということだ。そうなれば、相手はある自身の断面をみていたハズなので、その断面にまつわる印象とちがったものが、相手の目に映ったりする可能性が高まる。そうなれば何かしらの要因でも固定的なことではないところに、自ずと気付くし、そのエネルギーが相手に伝わる可能性も広がってくる。そうなればすべては過去のことであって、過去に振り回されることは決してだれもが望むことではない、ということも気付いている。そのとき、もうそこは自己否定からの出口である・・・という感じである(ボクの手応え⇒ここのところは思いつきで書き出してみたけどまだ中途半端なので今後再検討する~まだ時間がかかりそうです)。
≪わき道・おわり≫

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


今回こうやって
たまたまブログを再開したけども、また、何かが理由となり、
いつ停止するか、は、ボクにはわからない。

また、
ボクが停止したことで、
その影響を受けたブロガーさんも当時はいたかもしれない。

またまた、これから、
再開する方もいるかもしれないし、
どこかで違う名前で気付かず会えているかもしれない。

実名でfacebookに参加している場合、逃げ道が極めて難しいので、
誰もが気楽に出来ない分、慎重さでうまく波を乗り越えることもあるかもしれない。
ニックネームベースだと、思わず別人格になりきってしまって、はしゃぎすぎて、
そんな自分に嫌気がさすと、その当時の人格、
そんな自分に戻ってくるのはなかなか難しいことなのかもしれない。

facebook,twiiter,lineなどに流れた人からみれば、
ブログの更新を再開し始めたボクは何かにこだわっている、
とどまっているようにも見え、もしかしたら、
こっちにくればいいのに、と、思わせたりもしているかもしれない。

更新の停止したブログのことに戻るけど、
データベースに残っているそうした、
ブロガーさんのブログ作品もいつか消されてしまうときがくるのかな?
と考えると妙に淋しい気もするし、もしかして当時心無い姿勢で取り組んだモノなら、
消えてしまうこともさほどどうってことない、とも言えそうだし、
でもそれを見分けることが検索エンジンや運営者側にできるかできないか、についても、
できるところもあるだろうし、できないこともあるだろう。

かく言うボクにも自分のブログのリンク以外にいくつか放置状態のものがある。
それを整理するかもしれない、それの整理について時間を使う必要があるかもしれない。

これらのことについて、
なにをどう、という一括したものの見方、言い方は思い浮かばないのだけれど、
なにか淋しいような、それでいて期待ができないわけではないような、
とても不思議な心持ちになるんだよな、こういうふうにあれこれ考えているときって。



あぁ、そんなときに何故か脳裏に浮んできた“もふもふ”。



ボクは“もふもふ”というコトバを思い出すと、
にゃンこやわんこの毛に顔をうずめることを思い出します、
たぶん、たしかそういうことの形容だったよね?



【今日の音楽】


前回エントリ曲のバージョンIV・ギターを整理し、打ち込みベースを補正。




Texte alternatif


[03min47sec]
■著作・制作・演奏 / 鈴木亮司 (c) Ryoji Suzuki 2014





テイクの解説:

ギターを整理し、打ち込みベースを補正している。
キーボードパートは、よりコード感の輪郭を浮き上がらせるために、
付け足したり、ノート(音程)を修正したりしている。

前回のものと、大きな変動はないが、
ベースを入れるのにより明確にすることが、
全体のテーマとなった今回のテイクである。
また制作において、この段階の過程はとても重要となるケースが多い、と感じている。


「ボク対ボクの対話」

エンジニアの人:
おい、ベース君。
これでどうだい?弾けるかい?


ベース君:
・・・・・。


プロデューサーの人:
けっこう苦労したんだよ?
考える事に気を遣う、エネルギーを消耗するよりも、
演奏することに集中できるように、と、おもってさ。


ベース君:
・・・・・。


ギター君:
あんだよ、おい。
ベースいれろよ。おめぇならできんだろ?

ドラム君:
あの、ベースさん。頑張ってくださいね、
ボクいつでも演奏しなおしますから。


ベース君:
・・・ふぅ。
この打ち込み・・・。
かっこいいね・・・。


全員:
(ほっ♪)


もふもふ君:
もっふもふぅ~o(・◇・)o

あうーさん:
あーうーo(・ω・)o

グレる星人:
とりあえずもうグレちゃる。グ(ФwФ)レル(ФwФ)グ(ФwФ)レルレルレル



≪登場人物≫

エンジニアの人:エンジニアを担当するねむれないボク
プロデューサーの人:プロデューサーになりきっているねむれないボク
もふもふ君:ねむれない不明要素タイプAもふもふ型
あうーさん:ねむれない不明要素タイプBあうー型
グレる星人:ねむれない侵略的暗黒要素タイプCグレる多数型
ベース君(ベーシスト君):ねむれないボク
ギター君:ねむれないボク
ドラム君:ねむれないボク



ご来訪有難う御座います。
Ryoji Suzuki(^o^)モフモフ♪

Date: 2014.02.18 Category: 作曲と制作  Comments (0) Trackbacks (0)

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