RAGAという
ねむれないでべろん

・・・で。
わらいながら
どこへ
ゆくのきみの
イメージ
すきだからいまとまらない
うごけない
とおりすぎる
光の雨
うそのときのなかで
きみいないあさに
さがしている
わらいながら
やますぎる
ひろいところで
くちにすることばの
こだまする
しろい回路に
まよいこむ
とおりすぎる
光の雨
今ここにいるよ
さがしている
わらいながら
ここだよ・・・

・・・で。
わらいながら
どこへ
ゆくのきみの
イメージ
すきだからいまとまらない
うごけない
とおりすぎる
光の雨
うそのときのなかで
きみいないあさに
さがしている
わらいながら
やますぎる
ひろいところで
くちにすることばの
こだまする
しろい回路に
まよいこむ
とおりすぎる
光の雨
今ここにいるよ
さがしている
わらいながら
ここだよ・・・
・・・とおりすぎる
光の雨
今ここにいるよ
さがしている
わらいながら
だから
今どこにいるの
さがしている
さみしいよ・・・
・・・1987~1988年頃の作。
作詞はボクとMAR。
作曲はMAR。
前回のGNYOとほぼ同時にオリジナル数曲が制作された。
この曲のtitleには“でべろん”と名づけた。
“でべろん”は当時~それ以前のなんかのキャラクター?だったよな。
“カネゴン”はたしかウルトラマン~ウルトラセブン系の怪獣。
“ロボコン”に、「でべろん」っていたかな?
いたような気がしないでもないな。
「でべろん音頭でなんとか~♪」ってあったよな。
(まさか“ピンポンパン”じゃないよな?)
ハクション大魔王?いやちがうな。
妖怪人間べムはまったく関係ないよな・・・
なんでもいいや。
昭和のネーミングはキテル~キレているよね♪
もっと昔のエレキテル♪

wikipedia引用
検索すればいいんだけろうけど、
そこは命名にとって重要でないから、
あえてガマンして検索しないでおこう。
検索についてはこのブログにいらした、
みなさまとそれを知る世代さまのその記憶かご好意にお任せしよう。
いろんなこと、同じこと複数の方、コメントに書いてね♪
“でべろん”と命名したのは、
楽曲制作中の仮歌を録音しているときに、
その後歌詞となった、
「わらいながら/どこへ/ゆくのきみの」
の“どこへ”のところで
“でべろん”とMARが歌っていたのがきっかけ。
当時(1985~1990年頃まで)は4チャンネルのカセットマルチレコーダーで、
原曲をバンドスタイル化にアレンジしていた。
そこで“仮歌”が収録される。
今でもその当時のマスター用カセットテープは、
自宅のカセット倉庫の中に探せばあるだろう。
ボクは自宅での制作に
TASCAM の PORTA ONE を使っていた。
現在はソフトでそのシュミレーションモデルが販売されているハズだ。

PORTASTUDIO
PORTA ONEを駆使するボク
(参考⇒ PORTA ONE マニュアルPDF)
いずれにせよ、
カセットテープ大活躍の時代だ。

▲maxell UR120
この楽曲“でべろん”
は「LuMahai」のころLIVEで演奏を開始した。
また「LuMahai」のとき

SoundCrew Studioで
16トラックレコーディングを試みた。
fostex E-16
マルチレコーダーは1/2インチFostex E16。
1987~1988年頃。
Fostex E-16 User Manual
SoundCrew Studioでのレコーディングエピソード、
機材入替えや選出、設備的なエピソードも含め、
数限りなく思い出されるので・・・が、今回も割愛する。
そのうち触れるときもくるかとおもう。
【今日の音楽:RAGAROCK】
≪楽曲について≫
title:でべろん
この曲は当時の活動の名詞がわりにも用いた。
RAGAROCKと名乗り始めた頃、
12MN(という楽曲)と共にそのまま用いた。
ミックステイクにたくさんの種類があり、
どのテイクがどうだったか、は、
書き表すことが今はできないが、
基本スタイルはここに載せた音源の感じだったろう。
このテイクは、
16トラック(E16)マルチレコーディングして、
1/4インチ2トラックにミックスダウン、その後、
当時のカセットテープをマスターとしたのものを、
DATを経てデジタル化しただけで、
元々マスタリングもしていないし、
たいした加工をしていないはずだ。
演奏では、
コンガは大宮 真さん
ハモンドオルガンは清野君。
数多いパーカッションサウンドは、
大宮 真さんにその扱い方を習いながら、
ためしに録音しているものも多い。
全体のパーカッションmixアレンジは
ボクが定位の配置など演奏も含め担当している。
トータルでのベーシックトラックは
MAR,RYOJI,けーちゃん、イッチ。
【( ・ω・)っ≪RAGA≫について語りまちタ♪】
▲おきてがみのバナー
♪ンニャヽ( ・◇・)_♪いらっしゃい♪_(・ω・ )っナーゴ♪
エスプレッソ( ・ω・)_旦~~どーぞ♪







≪RAGA≫について
「LuMahai」からその「LuMahai」活動期約1年で、
「RAGAROCK」にバンド名を変えた。1988~1989年だ。
その当時、ボクはシタールを演奏したし、
ラビシャンカールを聞いたりしていた。
バングラディッシュコンサートの影響だ。
ビートルズとジョージハリスンは好きだったし、
ワイト島のイベント、モンタレーのイベント、
ウッドストック、それらの作品群、
アーチスト群の影響からも当然の流れでそこに行き着いた。
ボクの主観をはさんでおくが、
ここで名を連ねたイベントは、きっかけとして、
歴史的に見た、人と音楽、西洋東洋を繋げる、
音楽ビジネス的ルーツの集大成でもあり、
その動画やサウンドを体験するだけで、
何にも勝る音楽的経典となろう、もしくは
ロック的なマインドの強力なユニットともなろう。
『そこに行き着いた』と、先に書いたが、
そこ、とはボクにとっては『RAGA』だった。
インドやガンジー、思想にこだわったことではない。
日本で起きていた、音楽ビジネスや音楽教育の中で、
西洋楽典の教えとその位置付けを明らかに対にする、
この『RAGA』のニュアンスを得ることで、
ボクの満たされない音楽はそこにあるのではないか、と。
そんなボクのこんな時期に、
バンド名を変えることが起きて(いやボクが起こして)、
・・・そうしたために『RAGA』という名称を提案した。
(ここのエピソードは重要なのでまた後日書き出す。)
『RAGAROCK』としたのは、ビートルズのアルバム、
サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドの中の
ジョージハリスンの楽曲『ベイビーユアリッチマン』の、
ジャンル評価的表現に『RAGAROCK』と、あったところから、
『RAGAROCK』という名称を用いたのである。







▼
▼
▼
今回は以上です♪
ご来訪有難う御座います。
Ryoji Suzuki(^o^)RAGA♪
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(※従来のFC2『コメントの投稿』欄も是非ご利用ください。)




光の雨
今ここにいるよ
さがしている
わらいながら
だから
今どこにいるの
さがしている
さみしいよ・・・
・・・1987~1988年頃の作。
作詞はボクとMAR。
作曲はMAR。
前回のGNYOとほぼ同時にオリジナル数曲が制作された。
この曲のtitleには“でべろん”と名づけた。
“でべろん”は当時~それ以前のなんかのキャラクター?だったよな。
“カネゴン”はたしかウルトラマン~ウルトラセブン系の怪獣。
“ロボコン”に、「でべろん」っていたかな?
いたような気がしないでもないな。
「でべろん音頭でなんとか~♪」ってあったよな。
(まさか“ピンポンパン”じゃないよな?)
ハクション大魔王?いやちがうな。
妖怪人間べムはまったく関係ないよな・・・
なんでもいいや。
昭和のネーミングはキテル~キレているよね♪
もっと昔のエレキテル♪

wikipedia引用
検索すればいいんだけろうけど、
そこは命名にとって重要でないから、
あえてガマンして検索しないでおこう。
検索についてはこのブログにいらした、
みなさまとそれを知る世代さまのその記憶かご好意にお任せしよう。
いろんなこと、同じこと複数の方、コメントに書いてね♪
“でべろん”と命名したのは、
楽曲制作中の仮歌を録音しているときに、
その後歌詞となった、
「わらいながら/どこへ/ゆくのきみの」
の“どこへ”のところで
“でべろん”とMARが歌っていたのがきっかけ。
当時(1985~1990年頃まで)は4チャンネルのカセットマルチレコーダーで、
原曲をバンドスタイル化にアレンジしていた。
そこで“仮歌”が収録される。
今でもその当時のマスター用カセットテープは、
自宅のカセット倉庫の中に探せばあるだろう。
ボクは自宅での制作に
TASCAM の PORTA ONE を使っていた。
現在はソフトでそのシュミレーションモデルが販売されているハズだ。

PORTASTUDIO
PORTA ONEを駆使するボク
(参考⇒ PORTA ONE マニュアルPDF)
いずれにせよ、
カセットテープ大活躍の時代だ。

▲maxell UR120
この楽曲“でべろん”
は「LuMahai」のころLIVEで演奏を開始した。
また「LuMahai」のとき

SoundCrew Studioで
16トラックレコーディングを試みた。
fostex E-16
マルチレコーダーは1/2インチFostex E16。
1987~1988年頃。
Fostex E-16 User Manual
SoundCrew Studioでのレコーディングエピソード、
機材入替えや選出、設備的なエピソードも含め、
数限りなく思い出されるので・・・が、今回も割愛する。
そのうち触れるときもくるかとおもう。
【今日の音楽:RAGAROCK】
▼でべろん
[04min05sec]
◆title : 『◆でべろん(作詞:MAR&Ryoji作曲:MAR)』

■著作・制作 / RAGAROCK・MAR・鈴木亮司 (c) Ryoji Suzuki 1987-2014
←HIROKAZ movie, title is"kgs"♪ |
≪楽曲について≫
title:でべろん
この曲は当時の活動の名詞がわりにも用いた。
RAGAROCKと名乗り始めた頃、
12MN(という楽曲)と共にそのまま用いた。
ミックステイクにたくさんの種類があり、
どのテイクがどうだったか、は、
書き表すことが今はできないが、
基本スタイルはここに載せた音源の感じだったろう。
このテイクは、
16トラック(E16)マルチレコーディングして、
1/4インチ2トラックにミックスダウン、その後、
当時のカセットテープをマスターとしたのものを、
DATを経てデジタル化しただけで、
元々マスタリングもしていないし、
たいした加工をしていないはずだ。
演奏では、
コンガは大宮 真さん
ハモンドオルガンは清野君。
数多いパーカッションサウンドは、
大宮 真さんにその扱い方を習いながら、
ためしに録音しているものも多い。
全体のパーカッションmixアレンジは
ボクが定位の配置など演奏も含め担当している。
トータルでのベーシックトラックは
MAR,RYOJI,けーちゃん、イッチ。
▲おきてがみのバナー
♪ンニャヽ( ・◇・)_♪いらっしゃい♪_(・ω・ )っナーゴ♪
エスプレッソ( ・ω・)_旦~~どーぞ♪

≪RAGA≫について
「LuMahai」からその「LuMahai」活動期約1年で、
「RAGAROCK」にバンド名を変えた。1988~1989年だ。
その当時、ボクはシタールを演奏したし、
ラビシャンカールを聞いたりしていた。
バングラディッシュコンサートの影響だ。
ビートルズとジョージハリスンは好きだったし、
ワイト島のイベント、モンタレーのイベント、
ウッドストック、それらの作品群、
アーチスト群の影響からも当然の流れでそこに行き着いた。
ボクの主観をはさんでおくが、
ここで名を連ねたイベントは、きっかけとして、
歴史的に見た、人と音楽、西洋東洋を繋げる、
音楽ビジネス的ルーツの集大成でもあり、
その動画やサウンドを体験するだけで、
何にも勝る音楽的経典となろう、もしくは
ロック的なマインドの強力なユニットともなろう。
『そこに行き着いた』と、先に書いたが、
そこ、とはボクにとっては『RAGA』だった。
インドやガンジー、思想にこだわったことではない。
日本で起きていた、音楽ビジネスや音楽教育の中で、
西洋楽典の教えとその位置付けを明らかに対にする、
この『RAGA』のニュアンスを得ることで、
ボクの満たされない音楽はそこにあるのではないか、と。
そんなボクのこんな時期に、
バンド名を変えることが起きて(いやボクが起こして)、
・・・そうしたために『RAGA』という名称を提案した。
(ここのエピソードは重要なのでまた後日書き出す。)
『RAGAROCK』としたのは、ビートルズのアルバム、
サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドの中の
ジョージハリスンの楽曲『ベイビーユアリッチマン』の、
ジャンル評価的表現に『RAGAROCK』と、あったところから、
『RAGAROCK』という名称を用いたのである。

▼
▼
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今回は以上です♪
ご来訪有難う御座います。
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この記事へのコメント:
でべろんでべでべ
さはんじ
Date2014.04.24 (木) 22:11:26|編集
でべろん、いい音してますね。
E-16、当時の私には憧れの機材でした。
パーソナルなマルチトラックレコーディングにおいてFostexとTASCAMの果たした役割は非常に大きいものがあったと思います。
で、デベロンですが、これは「ママとあそぼうピンポンパン」のキャラクターですね。「デベロン音頭」なる歌も確かにありました。私も結構覚えてますよ。
いやいや、懐かしい〜(^^)
Re: さはんじ さま
Ryoji Suzuki
Date2014.04.25 (金) 11:35:07|編集
なんかおもいだしてきた。
「でべろんでべでべ・・・」わぁ♪
そか。
さはんじさん。
やるなぁ。
あ、“でべろん”聴いてくれてありがとです♪
ね、今聴くとすごく面白いまとまり方するんですね。
>FostexとTASCAM、たしかにそうです。
二社ともカラーは違うんですけど、
今おもうと、同じ範囲を・・・・
同じ形状を、というのかな、
同じスキルとかキャリア的とかかな、
パーソナルな環境や知識、体験、
行くべき所を示唆しているっていうか、
その、カバーしている全域の共通性を
感じられるようになりました。
日本の技術、すごいんですね。
たぶんコスト的な限界線を
ギリギリか、それを越えて、
良質な製品を届けてくださっていた、
当時の企業姿勢みたいのがあるように思われます。
他のメーカーさま、製品にも共通しています。
またアナログという環境や製品開発事情も、
そういうところで競える、前世紀(今世紀?)のピーク、
技術的集大成の表れであったのでしょうか
コメント有難う御座います<(_ _)>
Ryoji Suzuki(^o^)♪
今晩は
低血圧のんき虫
Date2014.04.25 (金) 20:38:41|編集
本日の昼ビールのときに 何度も。
気分サイコーでした。
でも、「でべろん」思い出せない、、、
「ピンポンパン」は見ていたのにな
「クレクレタコラ」が好き、というか
印象に残っております。
「ロボコン」にはガンツ先生がいましたね。
管理人のみ閲覧できます
-
Date2014.04.25 (金) 22:40:38|編集
Re: 低血圧のんき虫 さま
Ryoji Suzuki
Date2014.04.25 (金) 22:57:38|編集
今晩は♪
コメントありがとう御座います。
「でべろん」いいですね。
そうですよ、昼ビールがいいのです。
『大当た~り~♪』大感謝祭です。
今回記事と同じく1988年頃のエピソードですが、
座間基地でナ(ア)メリカン水兵さんたちと、
昼ビールを楽しみながら
楽しんだりもしたことがある、この曲なんです。
基地を出て日本の商店で生ダルを買ってきます。
基地に戻りアチラサイズのご家庭のお風呂の中に
氷をいっぱいいっぱい入れて生樽を冷やします。
それにホース&蛇口をつけて、永遠に飲み続けます、
みんなで代わる代わる、コインを投げながら。
夕方までも夜までも。庭ではバーベキューをしています。
見回りの警官までも様子見がてら一杯飲んでいくような。
そんなイメージが届いたんかな。
美味しかったでしょう、昼ビール。
そういう曲です、また、
独特の勢いがあるのがいいですね。
また次をお楽しみにしててね
「クレクレタコラ」もネーミングキテルよね。
ガンツ先生なんか「ロボコン“0点”」だよね。
“0点”がイヤに成らなくなる変なマジック♪
いつも有難う御座います<(_ _)>
Ryoji Suzuki(^o^)♪
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