“たのくみ”は
・・・「目組み」がなんのことだかわからないし
“たのきんトリオ”
“チェッカーズ”
“渋柿隊(字が違う気がする)”
“おにゃんこ”
“サザンオールスターズ”だって
渚のシンドバッド、
いとしのエリー以外は知らないかもしれない。
(渚のシンドバッドはピンクレディーだ、コラ←愛の忠告 4/28,20:10♪)
ラジカセのコマーシャルの
随分カッコいい曲が
“シャネルズ”のランナウェイという曲だ、
と知ったころからテレビ離れを始めていて、
現在に至る。
ずいぶん取り残された割に
インターネットがある今
当時の見たいようなものには、
間接的なことでさえ問題なければ、
何にもありつけないことはない“観”もあり。
テレビをみてくださっていたボク以外の方への
当時の記録、記憶の多さへの感謝と
その愛のおおきさにただただ日々感激している。
洗脳は解除してね。
あのころ。
ボクはいったい何処をさ迷っていたんだろう。
ボクはいったい何を見つめていたんだろうか。
ある面はこのブログに表現できているかもしれない。
確かに毎日星空を眺めていた。
確かに毎日自然に招かれるまま山村に吸い込まれ
草花を愛で、木々を想い、森林に溺れ、
水流の香りに包まれながら里山をうろうろ彷徨していたんだ、
はじける光の中で。
そうして始めて人恋しさを知り、
木の葉のさざめく音
野鳥の声の響く谷間
そこでは
宝石の散りばめられた
沢に遊びにくるリスよりも
林道に佇むカモシカよりも
ボクの足音にざわめくウリボウよりも
雨上がりの山道で伸びきった大ミミズよりも
尾根を羽ばたく尾長鳥、岩陰へ走り去る野ザルよりも
緑濃い深淵でボクによってくるオオウオ(不明。鯉?かも)よりも
もっともっと
愛おしい者のある人里に降り立ち
くっそバカでかい音でエレキを弾き倒す
その瞬間のボクがボクにとっての現実であった、
そんな昭和時代の末期・・・
・・・ここに書いた描写がそのままあらわれているだろう。
その楽曲のタイトルは『楽しい組あわせ』。
略して“たの組”だ♪
【今日の音楽:RAGAROCK】
≪テイクの解説≫
この楽曲でボクは、
シタールとタブラを演奏している。
その他エレキギターバッキング&ソロ、アコースティックギター、
ツインボーカル(主に高域)とか、RECエンジニアとか。
前回のエントリから少し時代は飛ぶ。
年号の変わる昭和64年が平成元年、つまり西暦1989年。
その1989年を経て平成3年にあたる1991年頃のRAGAの動き。
その1991年~1992年頃に度重ねたバンドのセッションから、
音像を抽出し集中合宿練習で輪郭を彩り、
バンドスタイル的に構想したモチーフを、
当時のワンショット、楽曲のカタチとしてあらわした。
この楽曲『楽しい組み合わせ』は、確か1992年、
Sound Crew の オムニバスアルバム 1stに収録。
作詞はMAR-RAGAROCK、作曲はRyoji-RAGAROCK。
演奏はRAGAROCKで、そのメンバーは、
しんちゃん、けーちゃん、イッチ、MAR、ボク。
スライドギターはしんちゃん。
MTRはTASCAMのMSR-24。
1/2インチ、24トラックマルチ。
▲TASCAM MSR-24,youtube
▲Ryojiが操作する MSR-24

▲TASCAM MSR-24(画像引用)
前回のエントリと同様、
Studio Sound Crew での収録。
ここに大宮フリークスとSound Crew 、
RAGAROCKとの関係での、
おおきなエピソードがあるが、
今回も割愛、としよう。
そのうちに触れよう。
この楽曲が、
5/24に再演されるかどうかは不明、
たぶん難しいだろう。
その後も未だ不明。だが、
オーディエンス側からも
望んでいただけるのなら、
是非演奏したい楽曲である。
シタールが
こういった楽曲で
生で演奏されることは、
現状では難しいことが多々あるが、
技術的には可能な時代にはなっている。
もはや不可能なことはほぼないだろう。
タブラがバンド演奏で用いられることは、
以前にくらべ少なくはない時代にもなっているだろう。
【( ・ω・)っ『たのくみ』の歌詞です♪】
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ウジマッチャ( ・ω・)_旦~~どーぞ♪







title:『楽しい組み合わせ』
触れてみたい
確かめたい
楽しみ体内DOPE
触れてみたい
確かめたい
騙され体内DOPE
お伽の世界扉開く
おまえの気分は Good
easy crazy
かんがえることは
なんでもある世界
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待 芸術 GAME
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待 芸術 GAME
嘘ならなるべく騙されたいHAI
連れてって
easy crazy
あきらめることは
なんにもない世界
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待 芸術 GAME
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待
『楽しい組み合わせ』







▼
▼
▼
今回は以上です♪
【造語】
“はちゃけた”・・・というコトバは辞書にはないよ、たぶん。
ボクは「はじけた」「はちゃめちゃ」というニュアンスで使った。
昭和時代の全てをそう言っているわけではなくて、
そういう「はじけた」「はちゃめちゃ」に感じる側面を、
ボク独自の感覚であらわした。特にはメディアの世界でおこる、
妙な表現やコトバの韻なんかに関する、当時の発生タイミングや、
日本独特のトレンドの流れを言い表してみたいのだろう。
造語は「公用」でなく不快になる人も居られるかもしれない。
誰からか聞いたのか、自分の口から突然出て来たのか解らない。
そういうのボクはよくあるよ。
そういう自分は解放したいよ。
こういうことも
時折考え直すことも念頭に
造語の活用を試行している。
ご来訪有難う御座います。
Ryoji Suzuki(^o^)タノクミ♪
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“たのきんトリオ”
“チェッカーズ”
“渋柿隊(字が違う気がする)”
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“サザンオールスターズ”だって
渚のシンドバッド、
いとしのエリー以外は知らないかもしれない。
(渚のシンドバッドはピンクレディーだ、コラ←愛の忠告 4/28,20:10♪)
ラジカセのコマーシャルの
随分カッコいい曲が
“シャネルズ”のランナウェイという曲だ、
と知ったころからテレビ離れを始めていて、
現在に至る。
ずいぶん取り残された割に
インターネットがある今
当時の見たいようなものには、
間接的なことでさえ問題なければ、
何にもありつけないことはない“観”もあり。
テレビをみてくださっていたボク以外の方への
当時の記録、記憶の多さへの感謝と
その愛のおおきさにただただ日々感激している。
洗脳は解除してね。
あのころ。
ボクはいったい何処をさ迷っていたんだろう。
ボクはいったい何を見つめていたんだろうか。
ある面はこのブログに表現できているかもしれない。
確かに毎日星空を眺めていた。
確かに毎日自然に招かれるまま山村に吸い込まれ
草花を愛で、木々を想い、森林に溺れ、
水流の香りに包まれながら里山をうろうろ彷徨していたんだ、
はじける光の中で。
そうして始めて人恋しさを知り、
木の葉のさざめく音
野鳥の声の響く谷間
そこでは
宝石の散りばめられた
沢に遊びにくるリスよりも
林道に佇むカモシカよりも
ボクの足音にざわめくウリボウよりも
雨上がりの山道で伸びきった大ミミズよりも
尾根を羽ばたく尾長鳥、岩陰へ走り去る野ザルよりも
緑濃い深淵でボクによってくるオオウオ(不明。鯉?かも)よりも
もっともっと
愛おしい者のある人里に降り立ち
くっそバカでかい音でエレキを弾き倒す
その瞬間のボクがボクにとっての現実であった、
そんな昭和時代の末期・・・
・・・ここに書いた描写がそのままあらわれているだろう。
その楽曲のタイトルは『楽しい組あわせ』。
略して“たの組”だ♪
【今日の音楽:RAGAROCK】
▼楽しい組み合わせ
[05min04sec]
◆title : 『◆楽しい組み合わせ(作詞:MAR作曲:Ryoji)』

■著作・制作 / RAGAROCK・MAR・鈴木亮司 (c) Ryoji Suzuki 1990-2014
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≪テイクの解説≫
この楽曲でボクは、
シタールとタブラを演奏している。
その他エレキギターバッキング&ソロ、アコースティックギター、
ツインボーカル(主に高域)とか、RECエンジニアとか。
前回のエントリから少し時代は飛ぶ。
年号の変わる昭和64年が平成元年、つまり西暦1989年。
その1989年を経て平成3年にあたる1991年頃のRAGAの動き。
その1991年~1992年頃に度重ねたバンドのセッションから、
音像を抽出し集中合宿練習で輪郭を彩り、
バンドスタイル的に構想したモチーフを、
当時のワンショット、楽曲のカタチとしてあらわした。
この楽曲『楽しい組み合わせ』は、確か1992年、
Sound Crew の オムニバスアルバム 1stに収録。
作詞はMAR-RAGAROCK、作曲はRyoji-RAGAROCK。
演奏はRAGAROCKで、そのメンバーは、
しんちゃん、けーちゃん、イッチ、MAR、ボク。
スライドギターはしんちゃん。
MTRはTASCAMのMSR-24。
1/2インチ、24トラックマルチ。
▲TASCAM MSR-24,youtube
▲Ryojiが操作する MSR-24

▲TASCAM MSR-24(画像引用)
前回のエントリと同様、
Studio Sound Crew での収録。
ここに大宮フリークスとSound Crew 、
RAGAROCKとの関係での、
おおきなエピソードがあるが、
今回も割愛、としよう。
そのうちに触れよう。
この楽曲が、
5/24に再演されるかどうかは不明、
たぶん難しいだろう。
その後も未だ不明。だが、
オーディエンス側からも
望んでいただけるのなら、
是非演奏したい楽曲である。
シタールが
こういった楽曲で
生で演奏されることは、
現状では難しいことが多々あるが、
技術的には可能な時代にはなっている。
もはや不可能なことはほぼないだろう。
タブラがバンド演奏で用いられることは、
以前にくらべ少なくはない時代にもなっているだろう。
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ウジマッチャ( ・ω・)_旦~~どーぞ♪

title:『楽しい組み合わせ』
触れてみたい
確かめたい
楽しみ体内DOPE
触れてみたい
確かめたい
騙され体内DOPE
お伽の世界扉開く
おまえの気分は Good
easy crazy
かんがえることは
なんでもある世界
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待 芸術 GAME
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待 芸術 GAME
嘘ならなるべく騙されたいHAI
連れてって
easy crazy
あきらめることは
なんにもない世界
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待 芸術 GAME
宇宙をまわせ
出鱈目並べて
SHOW TIME 招待
『楽しい組み合わせ』

▼
▼
▼
今回は以上です♪
【造語】
“はちゃけた”・・・というコトバは辞書にはないよ、たぶん。
ボクは「はじけた」「はちゃめちゃ」というニュアンスで使った。
昭和時代の全てをそう言っているわけではなくて、
そういう「はじけた」「はちゃめちゃ」に感じる側面を、
ボク独自の感覚であらわした。特にはメディアの世界でおこる、
妙な表現やコトバの韻なんかに関する、当時の発生タイミングや、
日本独特のトレンドの流れを言い表してみたいのだろう。
造語は「公用」でなく不快になる人も居られるかもしれない。
誰からか聞いたのか、自分の口から突然出て来たのか解らない。
そういうのボクはよくあるよ。
そういう自分は解放したいよ。
こういうことも
時折考え直すことも念頭に
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この記事へのコメント:
管理人のみ閲覧できます
-
Date2014.04.28 (月) 20:10:10|編集
我が道を行く
流木庵{え~ちゃん}
Date2014.04.29 (火) 05:52:02|編集
もう少しで規制が解けます
やあっ,(^_^)/おはよー
(^。^)屮今日も楽しもう
充実した一日をおすごしください
✾(。◠‿◠。✿)京都はあめです
Re: 流木庵{え~ちゃん}さま
Ryoji Suzuki
Date2014.04.29 (火) 19:38:59|編集
今晩は。
コメント有難う御座います。
wifiぼちぼち復帰ですね♪
>我が道を行く
いいですよね。
いろんなこと、ありますよね。
真っ直ぐであり続けるのは
なかなか難しいですが、
トモダチに、ブロガーさまにたすけられ、
日々よろよろと道をたどっています
楽しいですね、あらゆるところに、
山谷あり、雨風、押しつつ引かれつ、
流し流され流れにのってどこまでも
こうして一緒にいきましょう♪
いつも有難う御座います<(_ _)>
Ryoji suzuki(=^ω^=)♪
テレビね、
低血圧のんき虫
Date2014.04.29 (火) 20:41:21|編集
今は こちらも テレビのない暮らしです。
もう ずいぶん経ちます。
あの頃(中学生くらいの時)は
何の考えもなく
クラスメートと話がズレないため だったり
うすっペラペラの
家族の団らんだけのもの だったりで
見ていた気がします。
山や 森の中の様子は
まるで ソローの「森の生活」のようで
ちょっぴり羨ましく感じられたりします。
心の迷いがあった時期
なのかもしれないけれど
その経験は
その後の創作に
生きているんだろうなぁ、、と
そう 思ったりします。
Re: 低血圧のんき虫さま
Ryoji Suzuki
Date2014.04.30 (水) 05:48:38|編集
おはようございます。
コメント有難う御座います。
当時のテレビ体験のお話し、
ありがとう、嬉しいです。
全く同じ気持ち、ありましたよ。
ボクもそのことについて
もう少し掘り下げてみますね。
ボクがテレビ離れしたのは、
まず「一方通行」だったところです。
テレビに話しかけてもテレビは答えません。
それとひっきりなしに情報を連続させてくる、
そのやっている側の気持ちの根底のところです。
「どういうつもり?」そこが訊くにもきけず、
またそうはおもうものの、はっきりした
自覚も伴なっていないところで、
自身の都合で一方的にテレビを遠ざけました。
テレビそのものに勿論罪はない、ですが遠ざけてみて、
食事中は味覚をそれまで以上に感じるようになりました。
しばらく離れたあと、久しぶりに音楽番組を見ると、
歌う人の音程があやふやなことが多いのに気付きました。
またテレビをつけながら食事をする人、
そういった「ながら」行為、団らんならば、
さもテレビが主役のようである、その光景が
とても奇妙なものに見えることに気付きました。
「映画館」やバーチャルシアターならば別です。
そんな光景の場で、
ボクは「ボクを見て」とも言うわけではありせん、
そこで思ったことなど、モノを言うボクに、
みんなが一斉に振り返る。
そのまなざしの種類も、なんだかよくわからない、
その場ではみんなと違うということだけ、それか、
違うという感じを受けるエネルギーがありました。
こうなっては、
もうたいへん。
コワいものです。
低血圧のんき虫さんには
基地の話しをしているので、
いくつかの経験の中のこと、
その体験からお話ししますが、
基地のある家庭では
テレビをつけているのが
当り前ではありませんでした。
客の有無もありますが、
リビングのスタイルでテレビは
日本の多くあるように主役ではありませんでした。
敷地や部屋が広いという違いも大きいです。
ここで知ったのは、
日本のいつものイメージ、その日常が少し異質?
というような感じに気付いた内なる自身の存在でした。
これだけでも
なにがなんだか随分わからなくて、
ボクはその空間やレイアウトの存在する
日常のところから離れるようになりました。
これが理由の主軸ではないけれど、
とにかく山にいることはそういった、
連続刷り込み的な行為や光景より、
未知数な彩りと魅力に溢れていました。
ボクの今回描写したイメージについて、
ソローの「森の生活」
を持ってきてくださったこと、
相当な励みになると思います。
ソローの「森の生活」
http://home.r07.itscom.net/miyazaki/Thoreau/
ボクはこの記事を書いていらっしゃる、
ブログさまからソローの「森の生活」に到達してみよう
と、今はおもっています。
チラ見だけでも同調する事が多そうでした。
>心の迷いが
ええ、このときと限らず、
常に迷っているとおもいます。
低血圧のんき虫さんご存知の、
『ココロの迷いを感じながら~♪』
の一節ですね。今も変わりません。
La.La.La.
http://00ryoji.blog54.fc2.com/blog-entry-112.html
ですので、
その後の制作はおろか
常にすべてがそのまま
活き続けてゆきます。
ここのところ、過去的なモノに
触れる様子を呈しておりますが、
それらの時間の中心点は
常に『今ココに』あります。
ボクにとって時は停止しています。
時計の針はいつでも急速な回転をみせ、
物質達もそれなりの変化をみせますが、
ボクの魂は永遠にそのまんまなんです。
きっと実は誰もがそうなんだな、
とボクは思ったりもして楽しむ
今日も一段と良いお話を引き出してくれ、
感謝いたしております。
腐る直前のイチゴ、
ジャムにしました。
この世のものとは
おもえないうまさ♪
いつも有難うございます<(_ _)>
Ryoji Suzuki(^o^)♪
しちてんはっき
Date2014.05.01 (木) 00:42:22|編集
『楽しい組あわせ』聴かせてもらいました。
ホントため息しかでません。
こんな良い曲作れて妬ましい~みたいな(笑)
自作の製作中にこちらの曲を聴くとあまりにもレベルが違いすぎて、落ち込んじゃいますよ(笑)
でも、少しでも近づけるよう頑張りたいです!
いつも素晴らしい曲を聴かせてくれてありがとうございます。
とても刺激になってます。
Re: しちてんはっき さま
Ryoji Suzuki
Date2014.05.01 (木) 17:10:50|編集
こんばんは。
コメント有難う御座います。
良い曲とおっしゃっていただけたこと、
始めてかもしれません。この曲もこうして、
ブログに登場できて本当に喜ぶことを自覚するでしょう。
(▲どうしてもこの言い方をしたいボクを許してね♪)
この曲の制作エピソードでは、
「反逆」みたいな作用も働いていた、
とボクには思えるんです。
技術的には、意図的な
「ドミナントモーション」を持たないこと、
そのために終止せず永遠に回転し続けること、
これは「流れをとめない」という、
なにか哲学的な想いが
当時込められたようでもありました。
自覚的な「止める」「止めない」を知ることと、
そこに着目し、より「流れの強調」にドライブを
かけるようなイメージです。
今だからこうしてコトバを集めてきて、
ハリボテながらもかろうじて表現に結んでいますが、
当時現場では、その「流れ」に身を置くことだったり、
「止めない」の大切さを認識するのに「止める」について、
意識的に過剰にさえも反応したりしていました。
たとえばリハーサル中に
どんなトラブルが生じても、
「とにかく止めるんじゃない」
という罵声が飛び交う感じです。
レベルが違うのではなくて、
特にこの楽曲においては
おそらく制作上の着眼点が特殊で、
且つ大掛かりな挑戦だったのです。
Grooveというコトバを知ったころでしたので、
そこに執着もしていました。
それはとても大きな、そして長い旅でしたし、
その旅は終わりがないことにも
もう気付いているんじゃないかな、
と自身を振り返ります。
>少しでも近づける
こう言っていただけたこと、なによりです。
音楽ってどうしてこうなんだろう?
とボクが幼少から感じている点は、
この曲にいろいろな要素で詰め込まれ、
またカタチに現れてきているようです。
何か繋がる、感じるところが御座いますようなら、
それはしちてんはっきさんもボクも
同じところのことのように思えます。
しちてんはっきさんにとって、
ある意味身近なボクですから、
どうぞ、持っていけるものは
なんでも持っていってください。
ボクはその持っていけるものについての
あらゆる表現も惜しみません
今回も良い表現を
ボクから引き出してくれ、
まことに有難う御座います。
Ryoji suzuki(^o^)♪
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