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ByeByeSong

ねむれないおわかれ
raga
・・・で。

このことは書くことが難しい。
なにをどう書こうか今まだまとめていない。

けれども書き表したい思いはあるんだ。

中途半端になるかもしれないけど、
書こう書こうという気持ちは、
長い間持ち続けているモノのことだから、
ここから、自身にとって何かきっかけになればいい。

また、読んでくれた人にとって、
解り難いことも出てくるかもしれないけど、
そこは、自分の書き出したこと、
書こうとしていること、書いたものを、
時間をかけて見直し、何が言いたかったのか、
自分で自分を知っていくことにもなると思う。

RAGAROCK INFOMATION

ここまでお付き合いくださった方、
これからもまだまだお付き合いくださる方、
ほんの一瞬立ち寄られる方、全ての皆さまに・・・
 

web拍手 by FC2

・・・感謝の気持ちを自身の中に用意している。


【今日の音楽:RAGAROCK

▼Bye-Bye Song




Texte alternatif


[21min00sec]
■著作・制作 / RAGAROCK・鈴木亮司 (c) Ryoji Suzuki 1992-2014

←Bye Bye Songメイキング・オブ♪



☆ここでRAGAROCKインフォメーション☆

『浦和ナルシスさんの後押しもありまして、
8月に埼玉会館のイベント出演させていただくコトとなりました。
それに伴い、5/24,6/29.7/x,8/x,と、
毎月計4本ナルシスでのブッキングをいただきました。
我々RAGAROCKもただ消化するだけではもったいない、
たくさんの方々にRAGAのオトをシェアしていただければ、
と一念発起、毎月新作出していこう!
5/24は一枚目、“Taste Sampler DVD”を
無料配布いたします。(HIROKAZさん:談)

【動画のこと】
上記掲載の動画
『RAGAROCK taste sample making of 』
5/24無料配布“Taste Sampler DVD”のメイキングサンプルです。

▼またコチラがHIROKAZさんの制作
『RAGAROCK sample trailer#1』

ボクはこっちが好き。
でも自分のアプローチも認めよう。
いろいろ融合できるの楽しみだな♪

day:2014.5.24
place:浦和ナルシス
ticket:2DRINK込み前売\2600(“RAGA”入場の方)

☆お問合せ用メールアドレス☆
ragarock.ageo@gmail.com


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【音源のこと】

title : Bye Bye Song

ドラムがツインドラム。
ボク(ステレオ:右側)と
Ryoji Suzuki

けーちゃん(ステレオ:左側)
KSUKE

で同時に演奏している。
30分以上二人で叩き続けたものを収録した。
収録マイクは2台のドラムに対し全部で3本だ。

over topに
AKG C-414x2本。
c414

kickは
AKG D-112x1本だったかな。
d112

いや、
贅沢にNEUMANN u87
u87
を無指向性で使ったかしら?
忘れた。どんなにいいマイク使っても、
音源が歪んでしまってはなんですな。
歪みは後で修正しましょう。
DATおこしのあと、たしか、
ファイル変換でレベル調整してないだけだから。
(効果としての FUZZ VOICE では FUZZ FACE を使っている)

120118_1526~01
▲FUZZ FACE

・・・MSR-24マルチで収録している。

Guitar Soloはしんちゃん。
Bassはイッチとごく一部ボク。
アコースティックなセッションは、
合宿RHでのひとコマでPORTAONEで収録。
カリンバの演奏、途中のクロスフェード効果は、
それらをDAT2台を使用し当時Remixしたもの。
後半のリズムセッションはMARとボクで、
ベーシックトラックにあわせ真剣に遊んでいる。

MARは様々なおもちゃを持ち込んでは
おもちゃなるモノに歌わせるのが得意なんだ。

遊んでいるふうにしか
聴こえないかもしれないが、
まさしくそのとおり、遊んでいる、という音楽表現。









【ブログ記事書き出しのテーマに戻ります♪】

まず、今回の楽曲、
“ByeByeSong”のことから触れていく。


この曲を制作したのは
1992年である。

1992年、
大宮フリークスが閉店することになった。
RAGAROCKの面倒をみてくださった、
大宮フリークスの穴沢さんは、
当時、この曲を
「大宮フリークスの閉店に因んで」と、
解釈してくださった。

ところが、
ボクの記憶では、実はその前後関係を明確に覚えていない。
「大宮のフリークスの閉店」で、書いた曲か、
この曲を書いたら「大宮のフリークスの閉店」の情報が来たのか、
どうしても思い出せない。

こういう前後関係が実はボクにとってわからないことが日常に多い。
話しのネタとして、や、事実関係の必要な場合は、前後について、
追求したり、履歴を追うこともあるが、ボクの司る自己の次元の中では、
そういった前後関係があまり重要でないことも多い。

ここのところの自分の切り分けや分別は、
社会で共存していく中で、とても重要なことがあるのは、
ある程度認識できているとおもう。が、しかし、
自己に立ち戻ると、案外どうでもいいことになる。
良いか悪いか、その中間か、は、ことによるので、
ここでは、問題にしないでおこう。


ボクにとってこの曲“ByeByeSong”は、
日々常にやってくる、おはよう、お休み、また明日ね、
程度の「ByeBye」を象徴したひとつの心象風景である。


ボクは「お別れ」を理解しない。
「お別れ」が理解できないんだな、と、自分のことを思っている。
他人から「お別れ」を聞き、「お別れ」のニュアンスを知っても、
「お別れ」が認められないんだとおもう。


心理カウンセリングに関わる情報の中には、
「お別れ」を、認識することは大切なこと、
として位置付けられている面もある。
ここで言う「お別れ」とは『ツライ・悲しい』など。

「お別れ」を、認識しないなら、身体やココロに、
症状として何らかの影響が起きてくるというものだ。

当然そうだ、とおもう。

ボクで言うなら、ボクにしてみたら、
常にその「お別れ」のケースや体験と共に
生き続けるわけだから、なんていうんかな、
ボクにしてみると、「お別れ」の度に
あたたかいものが増えていく感覚でもあるんだ。
悲しみのどん底の底のソコのそこからだけれど。

ボクにとって「お別れ」の一例で、
愛猫が、その一生を終えたとき、
ボクはそれからいつも一緒にいる気がしている。
物質的な手応えはともなわないが。


人によっては、
成仏できないよ、迷うよ、
と言う表現をなさる場合もあるかも、だけれど、
ボク自身がいつでも迷っているし、成仏がなんだかわからない。

ここは「成仏」を知る人が、その人にとって何らかの都合のあることで、
また「迷う」ことが、その人の次元にとって何らかの都合のあることで、
どういうわけか、ボクの次元では、「お別れ」をすることのほうが、
何らかの不都合のあることのように感じている。
申し訳ないが今の段階では良くわからない。
「そうだからそうなんじゃないの?」
と言われてしまうことなのかもしれない。

・・・今ここで話している「お別れ」は、
人や生命の死に関する方向に傾いている。

魂が肉体から離れたとき、
その「離れた魂」の次元では、
肉体で感じていた物理次元での時間感覚から、
離脱することで、異なった時の流れが生ずる、
と聴いたことがあるし、ボクもそれはそうだろうな、
と想像している。

異なった「時の流れ」が、
どういう流れなのか、は、
ボクの知識では、今は事細かい表現を持ち合わせないけど、
ボクでない「肉体を離れた魂」と、もしボクが一緒にいた、
としても、それはボクと共通しているか、
もしか、いわゆる利害関係なんていうのでみれば、
一致した境遇の魂であれば、いつも一緒にいたところで、
なんの問題も起きないよね?って思うんだ。
だって、ボクがそう思い込んでいるだけで、
実際は誰にも何も見えないだろうし、
もし見えている人がいれば、
何かボクに教えてくれるんだろう、
ボクの気付いてないことであれば。

なので、
ボクのあり方に不都合のある方は、
お気軽に教えてね♪

あと、大きな意味でボクが「お別れ」を理解しない裏には、
「お別れ」に耐え切れない自分もあるんだ、と思っている。
ここはとても人間的なボクの一面だと思う。
それと自覚的なところでは「お別れ」をするために、
この世に生まれてきたつもりはない。
あと、ボクは出会うために生きていたい。
どんだけ増えてもいい。みんなとひとつになるんだ・・・

・・・それは。
「個」という、物理次元、人格上確実に分断された側面から、
「ひとつのものを見る・味わう・同じと知る」ということを、
みんなと共有し認識するために生まれてきたんだ、と心得て。

また「お別れ」したいものを目の前に迎えたなら、
それならそれで「お別れ」したい気持ちになれるとおもう。


さて、
大宮フリークスの話しにもどそう。
ここでは何がどうして大宮フリークスが
閉店になったか、は、詳しくは書かないし、
ボクの知る事がどこまで真実なのか定かではないから、
そこには触れないでおこう。ただ、時代は、
確かにバブル経済(と、一般に言われている)の勢いで、
動いていた面は多かった様だし、
その「はじけた」という時と同じくして、
大宮フリークスが閉店になったことも事実である。

その経済の動きはあらゆる面で多くの変化を伴なった。
ここも事実であることに変わりはないだろう。

バンドブームというものが、
音楽ビジネスの核にあって、
そこで生まれた多くのプロセスが、
波という現象になり、その「押す波」もやがては、
引き潮となること、これも、経済の動向に限らず、
物事の常だ。ただ、バンドブームという表現では、
まさしくその渦中にいたんだろう、ボクの世代は。

大宮フリークスが閉店したことで、
ボクらRAGAROCKを始め、
多くの地元アマチュアバンドは、
大きな後ろ盾を失ったカタチとなった。
ここではそれまで時流から得たものよりも
失うことの大きさが際立ち戸惑った。
大宮フリークスの閉店から、
明らかに地元の音楽というコミュニティ的な、
文化促進の勢いは縮小に向かった。
1985~1990年頃の異常なまでの爆発ぶりから、
本来に戻ったという見方もあるだろう。

サイタマにはまだまだハウスはあった。
それが浦和ナルシスだったし、熊谷VOGUEだった。
(熊谷VOGUE=HEAVEN'S ROCK 熊谷VJ-1

ボク自身は無理をし続けた、ボクだけではない、
みんなそうだった。創作にとりかかるよりも
運営や金銭まわりの穴埋めに翻弄された。
その挙句にはボクの意識の活力自体が停止した。
大宮フリークスの閉店が悪いとかではなく、
世の中が大きくシフトを開始し始めたのであって、
全体が、そこで起きる現象、閉店や不景気などを伴ない、
縮小や潰し合いさえも始まったような様相を呈し、
ただでさえカオス的な世情に、
破壊が加わったようなものにも見えた。

世の中全般はこの頃からボクの目にも見えるような迷走を始め、
その迷走は今でも続いているように思われる。
いや、続いている、と言ってしまっても良いんだと思う。
様々な点で良くなったことも認められる傾向はあるにはあるが、
根本の諸々は解決していない。皆が見ていない、見れていない。
見れないように支配されていることにも気付いてない。

ここで、自分を振り返ると、
地元のボクを知る一部の人からは、
ボクが黙り込んでしまったようにも思われている、
と思う。実にその通りで、確かに黙り込んだんだ。

ボクは1992年頃から1995年までも
RAGAROCKの活動をしていたけど、
1996年からはHIROKAZさんのレコーディング以外、
それとMARとのアコースティックLive活動以外は、
RAGAROCKの活動とも離れてしまっている。


ボク自身からRAGAROCKを離れたつもりはなくて、
HIROKAZさん
HIROKAZ

とMAR
MAR

によって活動から離れるよう言われた、
言ってもらえた、そう思っている。
ボク自身もバンドやスタジオ運営に疲労していたんだ。


またボクが実際離れたことによってRAGAROCKの運営も、
さらに遅鈍化し、1997年ころHIROKAZさんから、
もう「RAGAROCKの運営も手に負えなくなった」と、
連絡を頂戴した、このことも良く記憶している。
RAGAROCKの活動状況はMARによって、
また何人かの友人の伝播によって、
常にボクのところに届いていた。


RAGAROCKの活動は、
この1997年の頃、世の中の大きな流れに伴ない、
逆らうことなくソフトランディングをしたわけだ。


今日。RAGAROCK独自の時間軸は、
ボクの感覚でタイムワープの末現在に至る。

・・・ボク自身は時を戻すつもりはない。
が、奇妙なことに時間が逆転しているように
感じることがしばしばある。ここ3月ほど、だ。
心当たりある方、僅かにはいるのだろうか。
「気のせいだろ」で片付けるにはちと惜しい。
2014年、ボクにとっては2月頃からは「何か」が変だ。


【( ・ω・)っぶちとび宇宙論と我が地球♪】


▲おきてがみのバナー

♪アジサイヽ( ・◇・)_♪いらっしゃい♪_(・ω・ )っマダカナ♪
キリマンジャロ( ・ω・)_旦~~どーぞ♪
















【宇宙となんちゃって古代史】


地球は逆転しながら、
・・・いや実際は地球をとりまく
宇宙や意識が逆転しているんだろうか、
マヤ暦(マヤの天文台▼)
maya
の終了とともに、逆転の様相を呈しながら、
その実は見える過去を省みながら進歩するという、
そんな新しいプロセスが意識を中心に展開されている、
既に人知を超えた段階に入っている気がしてならない。

これはボクの空想でもあるし
イマジネーションの産物なんだろう。

銀河系の・・・
galaxy
・・・中心面から、
太陽系は反対側に抜けつつあるらしい。
見えるものではないのでよくわからないが。

その周期は1.3万年(=片道。
2.6万年で一回転)の周期というから、
地球歴史学上の、
古代シュメール文明
shumer
からの支配の折り返し時期でもある。

もはやモノや慣わし、知識や歴史のみに問うのではなく、
そこでは自己の直感と、これまでにはありえないような
未来像との対話を実践することが有力なカギなのだろう。

「左脳的旧来の支配を緩める」「右脳を目覚めさせよ」
それが人の望んでいることじゃないかな、
ボクはボクの見え方でそんな風に未来を、
しかも面白おかしく創造してみているよ♪
brain
このイラストは堕落にもみえるけどね・・・
・・・いや、実に素晴しい表現だよ。うん。
(この欄の画像は全て引用です)
そうそう、
『・・・感謝の気持ちを自身の中に用意~』
と書いたよね、それは。。。
音楽での表現、「個の集合体」による見え方、
見せ方を『音楽』というカタチで表し続けること。
今後も変わらずボクは生涯その道を歩むんだ。






















以上です♪



ご来訪有難う御座います。
Ryoji Suzuki(^o^)オワカレシナイノ♪



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Date: 2014.05.22 Category: RAGAROCK  Comments (6) Trackbacks (0)

この記事へのコメント:

マヤは約300年ごとに都を捨てている、人が会うのはわかれがあるから

流木庵{え~ちゃん}

Date2014.05.21 (水) 07:28:14|編集

( ノ゚Д゚)おはよう、いい一日を(✿◡‿◡)
寒い朝です、動きましょうヽ(^▽^@)ノ
(^^)>今日もよろしくお願いします
✾(。◠‿◠。✿)京都は昼まで雨です

ふわふわの髪がかわいいねww

gojyo

Date2014.05.21 (水) 13:40:05|編集

そのタイムワープ感
わかるような気がするなぁ。。。

同窓会なんかでさ
十数年会ってなかった友人に再開した時に感じるあれと一緒でしょ?

確かに年月の経過は歪めないけど
心は昔のままって事だよね?
今が充実してるからこそ感じる懐かしさだと思う

ここのブログを訪問するようになって
Ryoji君という人を知って
RAGAROCKという存在もここで知って

俺にとってのRAGAROCKは
これから始まるんだ
Ryoji君の
ノスタルジーいっぱいな記事は呼んでて気持ちがあったまるよ
きっとみんなも同じ気持ちじゃないかな?

久しぶりにどきどきしちゃったよ
動画
素敵だった。。。
ちょっと残念に思ったのは演奏シーンが少なかったことかな?
見終わった後に微妙な欲求不満が残ってしまう…

もっと、もっとRAGAROCKを知りたいのに
HIROKAZさんやMARやしんちゃんのこと、もっと、もっと知りたいのにさ

演奏動画のアップも検討してね
俺は本州在住じゃないからね
埼玉まで足を運べないファンにもライブ感味わわせて下さいな

Ryoji君のリアルはどんどん忙しくなってくね
心も身体も健康が第一
忙しいからって無理はしないでね

今から始まるRAGAROCKの活躍期待してます
がんばってね

ゴレンジャーの、、、

低血圧のんき虫

Date2014.05.21 (水) 21:58:01|編集

こんばんは。
映像拝見しました。

もしかして、バイクのサイドカーに乗って
撮影してますか。

キレンジャーとモモレンジャー
だったですね、
確か サイドカーは。
キモチ良さそうで イイですね。

時間が戻る感覚ですね、
「気のせい」ではないんじゃないかと思います。
「星回り」とか、かなぁ?
ちょっぴり 分かる気がします。

Re: 流木庵{え~ちゃん}さま

Ryoji Suzuki

Date2014.05.22 (木) 06:46:04|編集

流木庵{え~ちゃん}さま

おはようございます。
コメント有難う御座います。

>マヤは約300年ごとに都を捨てている

そうでしたか。
マヤ文明か何かが、
移動しながら都を作ることは、
そういえば聞いたことが
あるやもしれませぬ^^

こんなお話しにまで、
ひと言くださること、
書いてみた甲斐があるなぁ、
などとしみじみ感じ入っております。

>人が会うのはわかれがあるから

仰るとおりですよね。
不本意ながらも「お別れ」
しなければならないような時、
引き摺ってはならないような時、
そのときに勇気付けとなる、
力強いおコトバです。

流木庵{え~ちゃん}さま、
たくさんの愛おしい方々とのお別れを
体験なさっている大先輩。

ボクがいつの日かしなければならない、
「お別れ」。それに耐えられなくなったとき、
本日頂戴したおコトバを思い出し、
ココロから噛締めたく思っております。
流木庵{え~ちゃん}さまから
頂戴したことが何よりも嬉しいですv-22

いつも有難う御座います。
Ryoji Suzuki(^o^)♪

Re: gojyoさま

Ryoji Suzuki

Date2014.05.22 (木) 06:47:45|編集

gojyoさま

おはよ。
コメント有難う御座います。

>わかるような気がする

うんうん、そうそう。
特別なことではなくて。
自分の中にある、特定の事柄について、
ひとつ切りがいい点が見えたとき、
その連続では消化できないことなら、
少し時を置いて取りかかったり、取り組んだり、
ってこと、誰にもあることで、その期間の長短も、
その人の感覚の中での間隔でよくって・・・
っていうの、あるよね♪それのことだよね、
そしてそこに対人があるなら、姿かたちのこと、
見ることなら変化は当然あるけど、
姿カタチのみで全てが成されているハズも、
あるわけないわけで、ココロがそのまま、
なら共有でもなおさら一際感慨深かったりしたりして。

>俺にとってのRAGAROCKは これから始まるんだ

このコトバが、まだ合わない、みたこともない、
ブロガーさのgojyoさんから聴けたこと、
ほんとうに奇跡だよ、ボクはとても貴重な体験をもらったよ。

コトバには表現しきれないな。
ボクのこうした記事に書いた事、
もしボクが望むことがあったなら、
こういうことだろうなって今しみじみ思うよ♪
とても嬉しいんだ。ボクは常に0点に戻っていたいし、
そうしたくても回りの流れがあるから
なかなかそうなれないのだけれど、
人に伝え難い、そのニュアンスさえもボクは
gojyoさんから受取ることが出来たんだ。

それだよね、コレコレ、って感じ♪

ノスタルジーということにも
ターニングポイント・・・
転換点というより、
ことの「基点」のほうがいいかな・・・
があるんだね、なるほど、って思うよ。

そかそか、「動画」については、
実はボクはあまり得意じゃないものだから、
よくわかってないこと、たくさんあるんだ。
足を運べない、けど、見たい、っての、
あること、今知ったよ♪
そういう気持ちをボクに伝えてくれたこと、
本当に嬉しいよ。
もしこのコメント欄読まれた方いたなら、
gojyoさん、そういう方からも、
「いいこと言ってくれた」って、思ってもらえると思う。
こういうことが大切なんだな、って今日は気付いたよ。

本当にありがと♪
いつもいつも感謝していますv-22
Ryoji Suzuki(^o^)♪

Re: ゴレンジャーの、、、

Ryoji Suzuki

Date2014.05.22 (木) 06:48:57|編集

低血圧のんき虫さま

おはようございます。
コメント有難う御座います。

おお!ゴレンジャーですか!
それはMARが喜ぶでしょう。
動画はすべてMARが撮影してます。
つまり何の変哲もない風景ですが、
それは確実にMARの視点であり、
MARの体験した世界だし、MARのストーリーなんです。
彼はある意味全身で地球を描く絵描き的な、
歌う歌いでもあるんです。

そして「キレンジャー」は、
彼自身が「キレンジャー」ですし、
バイクの色からそれがわかるでしょう♪
実際はサイドカーではないけど、
サイドカーから見えるような景色として、
みていただければ、それはまさしく
「本望」ってやつですv-22

今回も「大当たり~~~」で♪

>「星回り」

うんうん。
ボクも何が何だか良くわかっているわけではないけど、
「星回り」とかも実にそうなんだろうな、って思うよ♪

いつも有難う御座います。
Ryoji Suzuki(^o^)♪

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