Ride On

ねむれない星たち
raga
・・・で。


引き続きRAGAROCKについて書く。
RAGAROCKカテゴリの更新も今回で10回目。




2014年5月24日のナルシスライブで、
無料DVDを配布した。

raga20140524
▲配布用DVD等準備の様子


しかも販売用ステッカーを用意したので、
お客さまにはステッカーも購入してもらった。
『ご購入、誠に有難う御座います<(_ _)>』

raga_logo
▲HIROKAZさんデザイン・“RR”のロゴ

chanel
▲Coco Chanel


RAGAROCKの集客は12人で、会場全体では・・・
 

web拍手 by FC2

・・・25~30人くらいはいらっしゃったのだろうか。

raga20140524_16

RAGAROCKに来てくださったお客さまの
名前も全て把握している。
またこのブログを
拠り所としてくださっている方が
いらしていたのも確かな事実だ。

どの方にDVDを配ったか、
どの方にステッカーを購入していただいたか、
ほぼ把握しているわけだ。

嘗てのセオリーでは、
『20人?少ない!』というところに
目がいくことなのかもしれないが、
いやいや、そうではない。
ボクはそんなふうには思わない。

確かな交流が開始されているのだから、
この状況を良く理解し、今後に結び付けるべきだ。
来てくださった方への、
感謝の気持ちを漏れなく伝えることも可能かもしれない、
それって発信する側にとって本当は、
夢のようなことだったのではないだろうか。


それともうひとつ大切なことがある。
ボクがリアルなライブをしてしまうことで、
現在はそれを情報としてのみでしか受取ることができない、
実際足を運ぶことができない、関東サイタマとは遠方の方。

いずれ、
ボクらがツアーへ出向くようになれるなら、
各方面へお伺いできるようになる。
・・・んーでも。
まず単純に資金が必要だし、
多くの人様の後押しが必要になる・・・
・・・あ、これって?無理なんか?今日のところは・・・


▲5/24ライブの一部動画を載せておくね。
(限定公開:ノイズ多いかも)

それと、現在の考え方では、
オンラインを活用することで、
USTREAM LIVE、リアル動画配信など、
なんらかの手段を講じる、それか、
そもそもリアルなライブをやらない、
などとも考えたこともあった。

それらの可否も今日はおいておくね。

ここで、
今後について、具体的に、
書き表すような能書きはないのだけれど、
ボクらと今、繋がったお客さんは本当に身近な存在として、
これまでは勿論、これからも大切な方になるのは確かだし、
与えてくださったご恩に対し、お客さまの都合の許すかぎり、
お返しを常に続けていくんだと思う、それは『音楽』というカタチで持って。
足を運んでくださったお客さま、誠に有難う御座います。
また、足を運べないけど、応援してくださっている、
このブログを支えてくれるみなさん、本当に感謝しています。





今回5/24浦和ナルシスのライブが終り、
打ち上げもせず、そのステージ後の楽屋から、
ボクらは次回の作品に向けて動き出している。

新しい動画を制作し、ダブルアップバージョンとして、
次回のライブに新作として発表しよう、というものだ。
HIROKAZさんによって全体の指揮が執られている。

音源自体はこのブログに載せている音源を、
土台とし、新しい動画やリアル動画もからめて、
2曲分の作品として仕上げてみよう、
しかもそれを販売しよう、という試みだ。


その作品に挿入する『絵』。

今、

ボクとMARの間ではその『絵』、過去映像の発掘が行われている。
MARの所有する動画は、MARにとっては絵画のようなものである。
「カメラという筆」で「時空間という構造」を、
「ビデオテープというキャンパス」に描きあげたものだからだ。

動画というものの性質と、
多くの洗脳や先入観から、
MARのワンショットでさえ、
ココロから描かれていることに
気付くことができない方のために、
ボクからこうして念をおしておこう。

mar1992beyer_picture
▲これは単なる『絵(歌詞)』だけれど。

彼は明らかに『絵』を『描いて』いる。
お渡しした、無料配布DVDも動く『絵』、
それは日々のMARの撮影の賜物なのである、
またそれは皆さまの日常写真と共通することもあろう。

その『絵』の中から、
今回、いくつか紹介しよう。


【今日の音楽:RAGAROCK

▼Ride On




Texte alternatif


[04min24sec]
■著作・制作 / RAGAROCK・鈴木亮司 (c) Ryoji Suzuki 1990-2014

←Ride On MSR-24 mix 1991年



テイク:

RAGAROCKの第一期(1989年~1991年)の制作で、
これらの音源を元にプロモーションを行う計画があった。
プロモーション用CD制作に至るテイクの中の、
ミキシング途中のモノを今回音源として載せる。
動画はその制作現場そのものであるし、
タイムライン上では音源に近い描写だ。

Song Title:Ride On
フリークスチーフオペレーター:Kazuya Doi
動画中のメインオペレーター:Ryoji Suzuki
動画の撮影:MAR
歌と演奏:RAGAROCK



・・・当時の回想と今を繋げて記しておこう。



今回掲載した、楽曲『Ride On』
この歌には図らずも音楽ビジネスに貢献しよう、
時代に向けた何かがボクらにもできそう、
そんなニュアンスも込められていたんだ。。。

ところが、このレコーディングの直後、
ボクはひとつの結論を見たんだ。
バンドの意識がひとつでない、
まだ『何か』が足りない、と。

その『何か』とは?

音楽ゆえ、音として不足している要素はみえていても、
それをみんなが理解できる様な伝え方がわからない。

その『何か』についてボクはある提案をしたんだ。
具体的にはサウンド構築のための意識合わせと、
その手段として、合宿による一次リハーサルで、
バンドの出し得る音をセッションによって出し尽くし、
その中から、楽曲に相応しい要素を絞り込み、
さらに二次合宿によって、楽曲としてのスタイルを仕上げる、
ここで歌詞を生み出す、バンドサウンドに仕上げるという手法だ。


【二次合宿寝起きのひとコマ】

▲PORTA ONE でリハーサルの内容を確認するボク。
MARが撮影している。歌詞もここでは『絵』である。


この試みは“音”というもの、
その見え方の今で言う共有の要であり、
サウンドを共同構築するという礎だ。
総合芸術の進化を創造した、
個から統合に向ける第一歩であり、
それは画期的な発想だったんだ。

話しが大きすぎるって?
ボクはいつでもそのような評価をされ続けたよ。
宇宙人とも言われたし、人間じゃない、
などとも言われたものだよ。
今思えばどの道たいしたことないじゃんね♪

しかし、1991年当時、
この提案は、フリークスの穴沢さん、
バンド内で運営の中心となっていた、
しんちゃんの意見や、
次々に打ち出されるプロモーション計画を、
大きく覆す、それか異にするものであった。

・・・スケジュール優先の考え方自体が、
ボクはまったく理解できなかったし、
また実に気に入らなかった。
上っ面だけをハリボテで固めるやり方、
その後に中身を摺り合わせるという手法、
ボクにとってそのように思えるやり方が
全然理解できなかった。
もしもコア(核)が見えているならなおさらだ。
衣装や格付け(?)でマスキングしてどうするんだ?
余計な遠回りをするだけじゃないのか?
(それでも“偏屈”ともいえるよねw)

音楽をどうにかするのに、演奏する側、プロジェクト側に、
音楽のコア(核)が見えていなければ話にならない。
音楽のコアとは、バンドの特徴であり、個性であり、
メンバーみんなが燃焼できるサウンドのことだ。
そしてその音の塊でもって聴いている人に響くよう、
演奏するんだ。
音楽学校を経て、ある程度のバンド活動を経て、
変にスレていたんだ、「こんなもんだろ」とか、
「いい加減でも大丈夫、実力はあるんだ」とか。
世の慣わしや既存のスタイル、そのモノ真似から、
それらを利用するのでなく、抜け出れないまま、
浮かれてチヤホヤされちゃってそれでどうすんだ?

“なめんじゃねぇ”ですわよ!
(“なめねこ”流行ったの、いつだっけな?)

常に命がけなんだよ、音楽は。
(遊びも、でしょw)
命がけでありながら、瞬時全力でありながら、
優しい歌を歌い、リラックスした良い演奏を、
余裕な雰囲気を、情熱的な表現を、時には破壊を、時にはお茶目を、
時には淋しさを、恋のせつない想いを、遊び心を、後悔でさえも、
人々とコミュニケーションしながら、自分を出し、
自己とも語りながら、それを楽器に託し、しかも
コントロールしながらヤるものなんだ、音楽は。
なぜ運営側もこのことに気付かないんだ?
そういった会話が先ず第一になされないんだ?
日にちと時間で自縛しないと、なんにも思い浮かばないんか?
褒めコトバや「おまえ等はイイ」だけじゃだめなんだよ。
音に対し、個々が音として「こうしたい」を現すことに真摯になり、
鍛錬を重ねそのうえでメンバーで一丸とならなきゃだめなんだよ、
バンドってのは、アンサンブルってのは。

・・・と、かなり厳しい意識だったんだ。
(え?全開で遊んでいたんじゃないのw)

当時のビデオ(動画)の発掘によって、
当時自ら確認する迄に至らなかった、
数々の想いがその映像の中には記されていた。
MARによる撮影、それらの連続描写によって。
(・・・だから、命がけで遊んでいたんだよね?w)

ryoji1992picture_293
▲ボクは今昔常に音をいじっているんですわ♪

ボクは昨日知ったんだ、
自分の常なる想いと当時見ていたことが、
当然でもあるけど、まったく同一で、
あとは統合するだけのことが、
RAGAROCKに残されていたんだ、と。
(・・・まだ遊ぶ気w)

時はワープした。
もう、あの頃の厳しさとは少し違った角度でも
向き合えるようになった。
またその厳しさに隠れた『怯え』や『不安』という、
自己に潜在していることも自分で見つけられるように、
なりつつあるんだ、皆さんが教えてくださっていることに、
皆さんが身近に存在していることに、気付くようになったんだ。
(みんなと遊びたいんでしょw)

HIROKAZ
▲運営について誰よりも真摯だが、
先ずSoundを優先するHIROKAZさん。
物販コーナーでも裸で楽器を手にしている。

サウンドの構築や、制作、
その表現が可能となる今日まで、
ボクは黙り、時を止め、待っていたのかもしれない、
そんなふうにも思ったり、思わなかったり。
楽に、程ほどに、いく、という工夫も、
最近では未来では大切なことだもんね♪


【( ・ω・)っ歌詞です♪】


▲おきてがみのバナー

♪フジサンヽ( ・◇・)_♪いらっしゃい♪_(・ω・ )っ3776メートル♪
ブレンド( ・ω・)_旦~~どーぞ♪
















【Ride On 歌詞】

おまえの中に今ただ
揺れるコトバの意味
目を閉じて感じている

ココロの中に今もう
隠せないトキメキ
息とめて吐き出せば

いますぐ
ここまで
飛べるさ

woo yeah

新しい星たちが
今回り始めて
昨日と違う風が
おまえ包み込むだろう

だからRide on

のっかっちゃえ
(ちゃちゃちゃ)


暗闇に輝く
まだ蒼い星の数を
目を閉じて感じている

心の中は今もう
時の流れこえて
手を伸ばせ
つかめるぜ

いつでも
どこでも
飛べるぜ

woo yeah

新しい星たちが
今回り始めて
いつもと違う音が
おまえ狂わせるだろう

だからride on

のっかっちゃえ
(ちゃちゃちゃ)






















以上です♪



ご来訪有難う御座います。
Ryoji Suzuki(^o^)ノッカッチャチャチャ♪



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Date: 2014.05.31 Category: RAGAROCK  Comments (4) Trackbacks (0)

この記事へのコメント:

ライブ動画最高っす!!

gojyo

Date2014.06.01 (日) 03:40:25|編集

こんばんわっww
動画堪能できたよ
すぐにコメント書こうかって思ったんだけど
やっぱりさ
心ゆくまで味わってからでないとって思って今になっちゃいました

うん
このブログで公開してるRyoji君の文章も
MARの絵と同じくらい
素敵に描かれてると思ったよ

仲間に対する愛情みたいなのが
ビシバシ伝わってくるからね
そーゆーのって微妙にジェラシー感じちゃったりもするけどさ

ジェラシー???

所詮
人間なんて生き物は
自分が一番でありたいと願ってる勝手気ままな生き物だからね
ジェラシーなんて気持ちも
当然湧いてきたりするんだろうねwww
これもファン心理のひとつなんだろなって思います

動画の中でのひとコマで
灰皿にズームしていくとこあったじゃない?
あれね
たまらなく俺の萌えツボ刺激したぁぁぁ

愛煙家の俺にとって
タバコっていうアイテムは
カッコイイ男の象徴だったりするわけです

今では敬遠されがちの煙だけど
昔は映画やドラマの中ではふつーに
男をダンディーに見せるための小道具として使われていたし
沢田研二は「OH! ギャル」を歌う時に
Van Halen は火のついたままのタバコをギターにはさみこんで演奏してたり

俺はそーゆーのをカッコイイと思う人なんで
あの吸殻の山はたまらなく素敵なワンシーンに見えましたwww

…と
とかくタバコの話題を持ち出すと
返ってくる言葉はたいてい同じなんだよね

今はもう吸ってません
ってね
愛煙家は肩身が狭くなってる今日この頃です

しちてんはっき

Date2014.06.02 (月) 00:47:15|編集

今晩は。しちてんはっきです。

こちらの曲はどれも本当に素晴らしい。
創意と工夫とスピリッツに溢れてますね。

自分も曲を作りますが、こちらとはレベルが違いすぎてタメ息しか出ません(笑)

新しい記事と音源をいつも楽しみにしています。
それではまた寄らせてもらいます。

Re: gojyoさま

Ryoji Suzuki

Date2014.06.02 (月) 18:19:22|編集

gojyoさま

こんばんは。
コメント有難う御座います。

>ライブ動画最高っす!!

良い評価を有難う御座います。
こういったサンプルをひとつ切り出すのも、
実は経験不足もあってかなり大汗かいて
取り組んでおります。ボク、動画自体に・・・
ある一面、と、言えることかもしれないけれど、
興味が元々薄くて、これまで入り込んで
これなかった傾向にもあるんですね。

ですので、
評価を得られない、それか、
悪評を頂戴することに、ものすごくビクビクしているので、
お世辞でも『動画最高』と言ってもらえるだけでも、
ものすごく癒されるし、『ああ、やってみて良かったなぁ』
と実感することが出来るんです。
ボクを助けてくれて有難う。


>文章も~素敵に描かれてる

うんうん、そこまでの評価を、
していただけること、
もしかしたら、そのように思っていただけている事、
それはgojyoさんだけでなく、
まだまだこのブログのユーザーさまのなかにも、
多くいらっしゃるかもしれくて(そう思いたいw)、
その気持ち、ココロの点からも、
支援してくださっている方もあるに違いないんだと、
ボクは感じている、自己を慰めているんです。
けれども、こうして、表現に表してくれる、
gojyoさんのコトバは、表現し得ないユーザーさまの
ココロすらも癒す、それか閃きのきっかけとなる、
そんな作用さえもボクはあるような気がします。

普通、こういうことで、ボクの立場からは、
日本的に言えば、「そんなことありません」
「お褒め賜り恐縮です」なんて気持ちを、
表すべきなのかもしれないけれど、
ボクは自分の稚拙なレベルをさて横において、
でもこうしたコメントを書き込んでくださる、
gojyoさんのココロや振る舞いに同感したい、
そこを一番強く感じました。

慣わしや、常道といったことにとらわれず、
どんどん、ココロの中に入り、
思うこと、感じたことをお互いで引き出すべきだよね。
そうすることで、みんなが良くなれるんじゃないかな、
そんなこと、強く思っている今日この頃です。


>ジェラシー&萌えツボw

ここに触れるのもgojyoさんならでは。
えぇえぇ、あるんですよね、
ここのところは同性(or男女)に限らず、
恋愛レベルを越えて、そこでも尚。

そこで今回の題材は“タバコ”ですね♪

ここで主題の流れを変えますね。
ボクは“タバコ”よりなにより、
ひとつの情報によって、
手のひらを返したような、反応を、
さも当然かのように繰り返し始める
マスコミの態度や、それに反応し、
なだれ現象をおこす国民や世情、
そういった集団的現象に対し、
常に危険や危惧を感じています。

事柄のひとつひとつには、
それぞれの立場があるもので、
二元性、つまり善悪での説明やプラスマイナス解釈、
右左の感覚でことを片付けるには、
無理があることも、またほとんどなんだと、
思っています。

要は、個々の側面において、
どう見えるか、どうあるべきか、
を個にとって明確化することが大切なのと、
それと、『介入』と『支援』について、
もう少し真剣に個で考え、
それらを持ちよる、ということに、
人間自体が慣れていく必要があるんじゃないか、
なんて考えています。
これは、『三元性』の存在と、
その『バランス』が重要、
というところのことなんですけどね。

たかが“タバコ”のことからですが、
常々大きな根本要因が、
日常のあらゆるところに潜んでいる、
そのことに気付くきっかけになれればなぁ、
なんていつも思っちゃっています・・・
このことはブログの記事でも触れたけど、
『大きく考えすぎ』と、言われ続けた、
ボクですが、一部の仲間達によって、
そんなボクを認めてくれていることなんかも、
こうして励みになり、どうにか、
やっていけているんだろうなぁ、
と、自分を振り返ったり、しているんですよ♪
(自分の興味本位の話しに持込んじゃったw)

ここでもまた、
ボクの内面にある、
思うこと、大切なこと、
いつも引き出してくれるgojyoさんの
チカラをかりて、
チカラいっぱい書き綴ってみましたv-22
皆さんに全部読んでいただくことは、
無理、と承知しながら、でも、
『有言実行』を、目指していきたいなぁ、
そんなふうに思うのがボクの今日の気持ちです♪
(コメント内容から少し離れちゃってごめんね)

いつも有難う御座います<(_ _)>
Ryoji Suzuki(^o^)♪

Re: しちてんはっき さま

Ryoji Suzuki

Date2014.06.02 (月) 18:21:22|編集

しちてんはっきさま

こんばんは。
コメント有難う御座います。


>創意と工夫とスピリッツ

おぉ!これはまた素晴しい評価のおコトバを、
有難う御座います。実に励みになりますし、
本音では本当にそんな思いで、
全面に、全身で突っ張りながら、
行動していた時期の記録音源なんです。


>レベルが違いすぎて

うんうん、そうなんです。
『レベルが違う』とよく言われる「通常の意味」ではなく、
ここでは制作の「次元の違い」と定義しますね。
ここのことはコトバ選びが実に難しいんですが、
せっかくですから表現にチャレンジしてみますね。


そもそも、ボクは、
なにをどうやっても、
上手にできない、というのが、
常なるプレッシャーでもありました。
また、自分で、ある程度のものができたようでも、
まず納得出来ないんです。

そこで、
苦悩しながらである、
当時のある日に突然閃(ひらめ)きました、
いや、気付いたんですね、
『バンド全体で音が生きたように走り出す、
時間感覚が日常のそれとは異なることが、
音楽の演奏の中にはある』
ということに気付いたんです。

どういうときか、っていうと、
決まりごとに取り組んでいる、
それ以外のフリーセッションの中に、
その時間軸があることを突き止めました。

決まりごとがある状態では、
個がそれぞれの面において、
内面方向にエネルギーを放出するようなんです。
ですから時間の流れがより集合体の拠り所として現実化します。
(時計の時を打つ間隔が皆の通常の共有概念と合致します※)

具体的に言えば、
「ここは決まりどうり演奏しよう」
「ここは自分の好きな場所なので」
「ここは少し苦手なんだ」
「ここは練習を積んだ所だ」
「このテンポは云々」
「ここのノリは云々」

こんなところのことで、
ごく一般的な感覚です。

ところが「フリーセッション」では、
上記すべての事柄をひとつの制約とした場合、
その制約が存在しなくなることに気付きました。
そこでは時間の流れが気にならなくなる、
それかその定義自体が消滅するみたいなんです。
みんなは言います「楽しかった」、
よく言うのは「時間を感じないね」など。

また「その制約が存在しなくなる」ときに、
音というのは、ものすごく自由に飛び回ることを、
知ったんです。

ですので、
その「ものすごく自由に飛び回る」という自体を、
素材にすることで、楽曲を構築しよう、と発想し、
その手法でもって、自分の納得できない要因を、
弾(ハジ)き飛ばしてしまおう、と発想したんですね。
(ここのところが表現の難しいところです)


こうすることで、そのときは、
通説やセオリー的な、
とらわれから、離脱する、という手法に、
チャレンジできていた瞬間でもあるんだと思います。

善し悪しは別として、
確かな手応えもあったりしました。

またそのような取組みに至る原因や直前のきっかけとなっている、
その状態が収録されている様(さま)が、
ブログに記載した『Ride On』という楽曲そのものなんです。

つまりエネルギーが大きく、
強く集まっている状態にある作品や記録群にもなって
いるんですね、ここ数回のこのブログエントリの音楽作品は。

だから必然伝わる所も、
技術がどうか、とか、
フレーズがどうか、
ということよりも、
『なんだ、この 意味不明なパワー感は?』

というところが伝わっているんじゃないかな、
と、ボクは想像しています。

楽曲に関し技術的な和声や
技術的なドミナントモーションのスタイルは、
多くを用いておりません。極力制約をなくす、
が目的にもありましたので。

これらのことが、
普段DTMや、デスクトップ上で制作することと、
大きく異なっているところなんです。
冒頭での『次元の違い』と、
定義したところのことです。

(追記します※)
・・・例えばDTMでのサンプル音色や自動伴奏。
人間個人が管理した音像の中で動き回る音たちが、
果たして自由なのかそうでないか、は、
人間には感じ取ることが出来ない、と、
ボクは今のところそういう印象にあります。
(▼但しボクはプログラムとの対話はかなり好きです)
http://00ryoji.blog54.fc2.com/blog-entry-132.html
人間が演奏した音像では、
それに比較し、人間のそのときの感情を思い出すことで、
確かな制約に基づき演奏されたかどうか、それか、
自由で制約の存在しない演奏がなされたのかどうか、
プログラムのそれよりも人知に近いモノを、
聴覚に与えてくれることが多そうです・・・・・・

で、不思議なことに、
作曲する側とししては、
そのノウハウがどうこう、
というよりも、やっぱり聴こえ方、
音の飛んで来かた、響きがどうであるか、
そういうところばかりが耳に、ココロに、
届き響いてくる、というふうになっている、と思います。

これらが、
ボクが長きに亘り作曲に対し、取組んできた、
ひとつの結論でもあるんです。

このことに関しては、
ボクは自身の過去からしか、
学ぶことができません。

それか、そういう『音』に出合ったならば、
必然その『音』からは自己というフィルターを通すことで、
学びとることは可能になっています、
そういうこれまでの経験に基づくことで。

このことは、
しちてんはっきさんにとっては、
大きな壁になるかもしれません。
また『タメ息』というコトバそのものでもあります。

でも、
ボクがいるんですから、
ボクから持って行ってください。

それか、近道は、ご自分の演奏と、
作曲に取組んでいることの動作の中で、
制約に縛られるんではなくて、
制約を活用する、という意識や、
制約を取り払う、制約を取り払った素材を、
元にしたところから、
さらに制約を課してみる、
という手法を取り込むことによって、
そこでは、作曲という段階でも、
フリーなエネルギーが放出されことは、
確かに感じることがあると思います。

そしてそれをボクが聴いたとき、
この事に関するコメントが、
ボクならできる、というスタイルなんかも、
どうか試してみてください、
そうやりたい時、やってみたくなった時に。

しちてんはっきさん、
コメントを書いてくださり、
本当に感謝しています。
今日ここにボクが書き出したことは、
しちてんはっきさんによって
ボクの内面から導きだされた手法や、
表現の数々です。
これも、
しちてんはっきさんが、
普段真摯に作曲に取組まれている、
その賜物です。
ここにこうしてボクが書けたのは、
本当にしちてんはっきさんのおかげなんですよv-22
(※6/5にコメントお返事を2ヶ所追記しました)

いつも有難う御座います<(_ _)>
Ryoji Suzuki(^o^)♪

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